短編 | ナノ


▼ 弁伏




好意を寄せられたのは向こうの方からだった。明らかに一方的で、俺は興味がなかった。俺が興味があるのは美咲だけだ、そう伝えても奴は諦めるどころかわかってます、でも好きなんですと辛そうに笑う。なんで俺なんだなんでこんな俺なんかいっそ嫌ってくれればいいのに

「伏見さん、好きです」

ほらまた

「お前さ、悪趣味だよ。それとも何、からかってんの?」
「からかってないです。俺は本気です。伏見さんの、あなたの支えになりたい。」

ここ、廊下なんだけど。そう言おうとする前にキスされた。結構多く重い資料を運んでいる途中で手が放せない為、抵抗出来ない。手を放してしまったら足にズドン、捻挫だ。クソ、これを狙ってたのかよ。軽く触れるだけのなんだか幼稚な口付けなのに、何故か顔が熱くなってきて真剣に見つめるその眼からふいと逸らしてしまう。

「……なんなんだよ…」
「ゆっくりでいいですから、俺のこと気になってて下さい」

そう言い残して俺の持っていた資料の山を持ち去って行った。その日はこれっきりで、翌日からしつこく話しかけたりするようになった。最初は面倒で無視したり怒鳴ってたりしていたが奴からは一向に諦める気配が感じられなく、それどころか弁財と話すことが嫌じゃない自分がいることがわかってきて、自己嫌悪した。

「伏見さん、コーヒーどうぞ。」

いつもは秋山が入れてくるのに、この日は弁財が持ってきた。怪訝な顔で奴を見て、毒でも入ってんじゃねーのか、と問うと少し面食らったような顔をして、

「入ってるわけ無いですけど…どうしたんですか、伏見さんが冗談言うなんて、疲れてるんですか」
「半分本気だがな。」

弁財が言うように、いつもより少しやっかいなベータ・ケースの難件に手こずっていた。幸いにも一般人の負傷者は無く室長直々に前線へ出て事なきを得たのだが、そのあとが酷かった。あくまで俺達にとってだが。

報告をして室長室から戻ってきて目に入ったのは自分のデスクの惨状だった。情報課では見たことのない仕事の山。これを俺が1人で捌けと言うのか。思わずなんだこれ、と呟いてしまった。
周りを見てみると俺ほどでは無いが他も机の上に紙が山を作っていて、自分だけではないのだなと少し安心し、舌打ちを一つしたあと椅子に腰掛けたのが1週間くらい前のことだ。それから仕事はまだ片付かず、そろそろいい加減にしろと怒鳴りたくなる。

「大変ですね。」
「大変どころじゃねぇよ。なんだこれ嫌がらせかよ」
「俺も伏見さんには負けますがまだ山になってるんで…いつ終わるか見当もつきませんね」
「はっ…これでお前も、俺に構う暇無くなるな」
「いや、伏見さんに一日一回話し掛けないと俺死ぬんで。構い続けます」

にこり、と爽やかに笑う姿に唾を吐き出したくなる衝動を抑えていつものように舌を打った。


だが、言葉と裏腹にその日から弁財が俺にいつものように構い倒すようなことは無くなった。仕事以外の必要最低限の話はせず、早々と俺の前から立ち去ってしまう。
俺はこれを望んでいたはずなのに、何故か気分が晴れない。
仕事に集中出来ずにぐるぐると同じ思考がまわり、弁財のことばっかり考えている自分に吐き気がする。なんなんだ。
コーヒーも以前のように秋山が入れてくるようになり、疑問に思った俺はそのまま立ち去ろうとする秋山の服の袖を掴んだ。

「伏見さん?どうかしましたか?」
「ちょっと、」

顔を寄せるように手招きすると、秋山はどうしたのかと素直に従う。

「弁財、どうかしたのか?」
「え、弁財がどうかしましたか」
「最近あいつ、なんてゆーか、変な感じするから、いつも一緒にいるお前に聞けばなんかわかるかと思って」
「いえ、俺の前ではいつも通りですよ」
「そうか…」

悪い、有難うと呟くと秋山は人のいい笑顔で頷いたあと、自分のデスクへ戻っていった。

なんで俺が弁財なんかのことでこんなに悩まないといけないんだ、とまたイライラしながら、それをキーボードにぶつけた。タンッ、と一際大きい音が響いたが、やはり弁財はこちらに見向きもしなかった。


デスクにある山が一通り片付いたのはそれから2日後のことで、残業続きで俺は死にそうだった。仕事もそうだが、弁財はやはり話しかけてこず、モヤモヤしたままだった。俺が何かしたのか。心当たりがありすぎて分からない。何があいつの機嫌を損ねたのか分からない。

ハァ、とため息をついて寮内にある自販機の隣にあるベンチ、というより市役所内にあるようなソファのような椅子にボスンッ、と腰掛ける。壁にもたれ、ボーッとする。思い浮かぶのはやっぱり弁財の顔で。

「……弁財、」
「はい?」

帰ってきた返事は紛れもなく欲していたあいつの声で、疲れて幻聴でも聞こえてしまったのかと自分の耳を疑う。
声がしたほうに顔を傾けると、そこにはちゃんと奴がいて、この数日姿を見なかったわけではないのに、久しぶりな感じがしてしまう

「伏見さん、隣いいですか?」

俺は返事をせず、それを了承と受け取ったらしい弁財が隣に腰掛けた。久しい、こいつの匂いがする。それに堪らなくなり、肩口の制服の袖をぐいっと引き寄せ頭をぐり、と乗せる。

「ふ、しみさ……ん?」
「…んなんだよ…っ、お前、ムカつく…っ」
「え、」
「いきなり、パッタリ話し掛けてこなくなるし、話し掛けてもそっけないし、別にいいのに、なんかイライラするし、意味分かんねーよ、もう……!」
「あ、」

え、とかあ、とかしか話さないこいつにまたイラついて、はっきり喋れと言いたくなるが俺も頭の中を整理しないで話してるから何話してるかかわからないくらいごちゃごちゃで、目頭まで熱くなってきて、もう自分のことなのに訳がわからなくなっていた

「嘘つき、話すとか言ったくせに、散々シカトしやがって、お前のせいだからな、いつもより仕事の進みが悪いのも、誤字が増えんのも、お前のことばっか思い浮かんで、仕事になんねーんだよ……っ」
「待って、待って伏見さん、これ以上爆弾投下しないで俺もたないです」
「は…?何言ってるかわかんねーよ…つーかお前殺す…俺が殺す…」

そのまま泣き出す俺を引き寄せて弁財が俺の背中を摩する。なんだか子供扱いされてるみたいで腹立たしいが、それでもなんだかこいつにされると落ち着いた。

「すみません、俺、迷惑になると思って、仕事の邪魔になると思ってなるべく話し掛けないようにしてました」
「……そのほうが迷惑なんだけど」
「…すみません、」

でも、と弁財は俺を抱き締めたまま話を続ける。

「俺もムカついてましたよ」
「は?」
「こないだ、秋山と、何話してたんですか。耳打ちとか、羨ましすぎます。」

あの時話していたのは弁財のことだったというのに、そんなことも知らずに嫉妬していたのかこいつは。その告白に思わず笑みが溢れてしまう。

「…ばーか」
「な、」
「弁財、好き」
「っ!」
「認めたくないけど、俺お前がいないとイライラすんだよ」

背中にある弁財の手に力が篭る。そして、

「嬉しすぎて、なんていえばいいのかわからないです」

体を離した弁財はすごく顔が緩んでいて、その顔に舌打ちする。

「キモい、殺す」
「伏見さんになら何回でも殺されますよ」

また爽やかに笑う顔に今度は前と違い胸が苦しくなった。なんなんだよ、もう





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